映画「サイの季節」

 検索したところこのブログでも去年の11月に書いていたようだが(映画「サイの季節」日本版予告編に使われていた音楽が気になるとの内容)、イマジカBSで放送されていたため、ついに本編を見ることができた。

 もっとも、人のねたみにより30年も投獄されて妻と離ればなれにされた実在の人物が題材とあっては、以前は見てみたくてたまらなかったものの画面を正視する勇気がなく、最初のうちは家族が見ている隣で別のことをしながら「ながら見」をしていた。
 だが、やはり、途中から引きこまれた。

(画像はAmazon DVD から)

 30年も投獄されていた人間の生々しい苦痛や苦悩は描かれない。普通の人間がその境遇に関して思い描けるような強い感情を表すことなく、男はただ日々の仕事をこなすかたわら、丁寧に、妻の消息をたどろうとする。そのひたむきさは、自分の魂の行き着く先を求めるかのような、帰巣本能のような思いに近いのかもしれない。

 主人公の詩人男性の表情に激しさがない分だけ、空や海岸、街や人々など、映しだされる光景に荒削りな美しさが際だった。

 最終的な決断も含め、話のいくつかの部分が、あえてぼやかされている。空想か実際かの境目も、見る側の判断にゆだねられているように思う。想像してほしいのだろう。どのようにも思い描いてほしいのだろう。

 ハッピーエンドとはなり得ない話と承知していたが、もう少しだけでも、明るい終わり方はできなかったのだろうか。
 見終えて、胸の中の柔らかな部分を、木でできた固いスプーンでえぐられる思いがした。

作曲家の平尾昌晃さんがお亡くなりに

 作曲家として知られるが、70年代後半に「カナダからの手紙」などの曲で畑中葉子さんとともに歌手活動もおこなっていた平尾昌晃氏が、21日にお亡くなりになったとのこと。享年79歳。ご冥福をお祈りします。

 79歳ということは、歌番組などに出ていたころは30代後半だったことになる。とても上品な物腰で、子供心に「ちょっと気障で、妙にいろっぽいおじさん」という印象だった。とても懐かしく思い出す。

 このところわたしが地上波のテレビをあまり見なくなったことも関係しているが、闘病されていたとは、存じ上げなかった。

外国人にもわかりやすい案内用図記号の追加

 経済産業省のサイトによると、オリンピック/パラリンピックに向けた外国人旅行者増加に対応すべく、記号の追加がおこなわれたようである。

2020年東京オリ・パラに向けて、新しい案内用図記号の案を取りまとめました
(4月14日付けの掲載だが、実際にJIS規格として改訂されたのは7月20日)

 添付されていたPDFを見てみた。そのうち3点を掲載すると

…どうだろう、慣れてしまえばいいのだろうが、このコンビニ記号、やや「びみょ〜」のような気もする。

 つい先日だったが、わたしは博物館(美術館)記号というのを見て「あーこれそういう意味だったのか」と、しみじみ考えた。今回のコンビニも、そう覚えてしまえばいいのだろうとは思う。はたして、外国の人にも通じるだろうか?

 最初は、何でも「慣れ」が肝心である。様子を見るとしよう。

 また、今回の新聞社などの報道によれば、外国人に通じないためなくなるかもしれないと言われていた温泉記号が、従来のものと新記号と併用になったらしいというニュースに、ほっとしている。

iPhoneの音声入力でスペースがいっさい使えない件

 何年か前までのiPhoneでは、音声入力の最中に「スペースキー」と言うと、スペースを入れてくれたそうである。最近は、これは使えない。ネットで「タブキー」で代用すればそれらしいものがはいると書いていらっしゃる人がいて、ありがたい情報とは思ったが、わたしがほしいのはタブでも全角でもない半角スペースである。

 いったいAppleは何を考えているのか。これでは長い文章を入れる音声入力はもちろん、検索バーへの入力もできない。iPhoneでブラウザの検索窓を開き、単語をすべてくっつけて音声入力することの居心地の悪さといったら、最悪である。

 iPhoneの辞書機能で、半角スペース挿入を単語登録をしてみようと思ったら「空欄は単語登録できません」だそうだ。スペースは空欄扱いらしい。実験のため全角入力をしようとしたら、それも空欄だそうだ。

 Appleには、さっさとなんとかしてほしい。

東京(北部)に大粒の雹

 ネットを見ているととくに板橋区、北区などが多かったようなのだが、午後に大粒の雹が。
 中野駅前で知人と別れて少し買い物をしながら帰宅途中、大雨に降られたわたしだが、雨くらいで済んで幸いと思えるような動画が続々と。

 傘くらいではまったく役に立たないし、雨よけに使えそうな庇があったにせよ、これでは意味をなさないかもしれない。

(アタゴ空調設備株式会社(公式)さんの動画)

(バケツヘッド@7月23日甲冑戦闘訓練会さんの動画)

 ちなみにわが家では、わたしが帰宅後に10分ほどして義母が施設の車で帰ってくる時間帯だったが、車が家の前に停まっても、雨が激しすぎて玄関まで義母を移動させることが困難という判断から、運転手さんの判断で車内で10分ほどお待ちになることに。少ししてから、運転手さんが傘を2本と家の者も傘を持って、どうにか室内に移動させた。

 その後まもなく、晴れてきたことに驚いた。というよりも、あきれてしまった。Facebookでは東北の知人らも大雨ということを書いていらしたし、ニュースでは新潟がたいへんなことになっていたという。

筆ペンの「薄墨」

 最近わたしが文房具に凝っている話はこのブログでも書いているかもしれないが、ボールペンの各色を片っ端から買いあさったあと、現在「筆ペン」に気持ちが向かっている。カラーの筆ペンもあり、何週間か前に呉竹から出ているメタリック筆ペンというのを買ったわけだが、通販以外でももし文房具屋に何かあったらと思い、棚を見ることがある。

 先日、高円寺では歴史のある不二屋(大きな店だったのだが、だいぶ前に建物をカフェに貸し出して自分たちは裏手の小さな店舗に移動してしまった)で筆ペンを見ていた。なんとなく、ほんとうになんとなく「ぺんてる」の「うす墨サインペン」というのを購入した。説明には「うす墨サインペンは筆を使い慣れていない人でもサインペン感覚で簡単にふで文字が書けます」とあった。

 持ち帰ってきて、家でそれを使おうとすると、家の者が「普通、薄墨というのは、弔事に使うものでは」と言う。あわててネットで検索したところ、たしかに「涙で薄くなった墨」とか「墨をする時間も惜しいほどに急いで弔事の文字をしたためている」という意味が薄墨にはあるそうだ。

 ぺんてるの説明、何度読んでもそんな言葉が書かれていない。
 う〜む。

 とりあえず、自分の日常の用途にだけ使うことにしよう。

暑すぎる…

 ビルが増えたからなのか、エアコンの排熱なのか、東京の夏はほんとうに耐えがたくなってきている。わたしが幼いころ、北関東の田舎では夏休みも30℃を超える日はそれほど多くなく、たまに東京に遊びに出ると暑さに驚いたものだったが、それでも発表される気温としては、現在よりはるかに低かったと思う。

 この10年くらいで考えると、東京でも33℃、35℃などの最高気温予測が、頻繁になってきた。

 わが家はふたりとも1日の半分以上は家にいる時間があるが、それでも外出の前後を中心に、2回くらいは着替えをする。2回外出した日などはたいへんなことになる。洗濯機に洗濯物を溜めておくわけにもいかず、少量でも複数回の洗濯。そしてまた、日差しでこれがよく乾く。夏の威力というより破壊力と呼べるような、強引な循環。

 汗がこれほど出るのに体がスリムになった気がしないのもしゃくに障る。

 あと何年かしたら、都会の夏は体温以上の日がつづくことがあるのだろうか。不安に思う。

将棋アプリを再開

 わたしにとって初代のiPhoneを買ってまもなくのころ、将棋のアプリ(金沢将棋)をインストールした。本人の記憶にはすでにないが、どうも数百円の料金を払ったものらしく、対戦レベルが選べたり、いろいろなメニューが使える。下手の横好きとはよく言ったもので、勝負事にからきし弱いにもかかわらず、幼いころ周囲の年長者や大人たちと一緒に将棋をした思い出だけは大事にしたかったようだ。

 何年も使っていなかったアプリだが、藤井四段のことや、いろいろな話題に刺激されて、立ち上げる回数が増えてきた。だいぶ前にレベル37までは(むろん「待った」などの助けを借りつつ)終わっていたらしく、いまレベルレベル38という画面が出ている。これが勝てない。

 あまりに勝てないので、ネットで将棋のコツなどを検索してみた。細かい戦法の名前などは把握していないが、ためになる表現として「どんなに強い人でも、王将をしっかり守ることを考え、型破りなことをせずに戦うものだ」というものがあり、ああ、なるほどな…と。将棋のいちばん強い型は、初期の配置だ。相手を攻めるために型を崩すことで完璧さは損なわれていく。だが王将を守るという基本を忘れずに駒を動かしていけば、いつか道は開ける。

 それを考えながらアプリを再開したら、かなりいい線まで行くようになった。できるだけ早く39に進みたい。できれば「待った」なしで。

乳児に食塩水を飲ませ死亡させた事件

 岩手県で、2015年に1歳児に食塩水を飲ませて死亡させた事件があり、保育で預かっていた女が逮捕されたという。抵抗も意思表示もじゅうぶんにできない年齢の子供に、なんということをするのか。憤りを禁じ得ない。発表によれば、容疑者本人は(その意図はよくわからないが)飲ませたことそのものは間違いないと言っているらしい。

 さて、事件そのものはもちろん腹立たしいのであるが、素朴な疑問として、なぜこの事件は表面化までに2年かかったのか。
 その場にいたのは容疑者と死亡した乳児のみ。死後の解剖で体内の塩分は計測してあった。ならば、2年かからないものではないだろうか。

 なぜ2年かかったのか。誰かぜひ岩手県警に詳細を語らせてほしい。とても気になる。

 

整形外科のリハビリ室にて

 5月下旬から痛いと思っていた右肩のことで、昨日は思い切って近所の整形外科へ。レントゲンの結果によれば、石灰化している場所はごく小さく、場所も限られているので(石灰化している場所や大きさによっては、腕がまったく上げられないそうだ)、関節への注射と漢方薬の内服、そして週に1度のリハビリ通院ということになった。

 漢方薬や風邪でお馴染みの「葛根湯」、そして同じくツムラから出ている「五十肩に効く」と説明書に書かれた漢方薬だった。かなり苦くて癖のある味だ。

 さて、今日あらためて出かけたリハビリでのこと。
 肩を療法士さんがマッサージしつつ状況を確認してくれるあいだ、今後のリハビリについて話し合った。どの方向に腕を曲げ伸ばしすると痛むのかを確認しあいながら、家でもできる改善のための簡単な動作を習う。初めてのことばかりだが、右肩は日々使う場所なので、改善することを祈るのみだ。

 驚いたこともある。「ここは痛みますか」と声をかけてくるかこないかのタイミングで、わたしの表情から何かを読みとろうとすることが多いようだった。「ここが痛いところなんですね」やら、「あらここまでが限度なんですね、なるほど」やら、勝手に判断してしまうことが何度もあった。わたしは初めてのリハビリルームで周囲の人たちが気になったり(とくに仕切りがあるわけではないので近くの人が見える)、いろいろな雑念があったので目を泳がせていたのかもしれないが、痛かったら痛いと口に出す。表情で伝えたりは、していなかったつもりだ。そしてその推測は必ずしも当たっていなかったので、口でその都度「それほどでも」やら「もう少し曲げられます」やら、返事をしていた。
 そういえば整形外科という性質もあるかもしれないが、待ち合いには高齢者が多く、最近では少なくなった”和気藹々とみんなでおしゃべり”の雰囲気を楽しんでいる人すら見受けられる。わたしのような中高年やそれ以下の人は、ほとんどいない。高齢者の中には、もしやどこが痛いか、どのくらいなら我慢できるかを、自分ですぐに表現することが難しい人もいるかもしれない。その結果として”相手が口に出す前に察してしまえ”と、療法士さんは親切で表情を確認していた可能性もある。

 漢方薬は2週間分の処方だったが、リハビリは、毎週が前提のようだ。少なくともあと何回かは、そして治り具合によってはもう少し通うことになるだろう。