何度も思い出す光景がある。おそらく小学校にはいったかどうかくらいの年齢だったと思うが、浅間山荘事件というものがあった。
幼かったので学校も明るい時間帯に終わり、午後の3時くらいには家にいることが多かったように記憶しているが、その事件のころ、毎日同じ山がテレビ画面に映っていた。当時は白黒画面が当たり前であり、事件の陰鬱さもあってか、子供心にそれはかなり強い印象をともなう光景だった。
おそらく当時はそれほどテレビ局が勝手に中継できるようなロケーションも機材もなく、同じ内容を共有したか、あるいは交替で撮影したのだろうか。控えめに書いても、画面はかなり似通っていた。チャンネルを変えてもまったく同じ角度で雪山と機動隊、そしてやや奥に山荘が見えた。
母親たちは近所の誰かしらの家で午後に小一時間お茶を飲む習慣があったが、このときはあまり語らずに画面を見ていた。「これなに? みんな何してるの?」と尋ねても、子供にわかるような返事があったとは思えない。ただ、山の家に悪い人たちがいて、警察が出てくるのを待っているとか、その程度の説明を受けたのだろう。
数日後、山荘に鉄球がはいった。壁がぼろぼろに崩れるところを、生中継で見ていた。そして管理人の奥さんが救出されたとわかった。よかったと、親たちが言っていた。わたしもよかったと思った。親たちが「あの人(人質)は、怖かったはずだよ」と、教えてくれた。
(余談だが、わたしが毎日見ていた雪山の光景では、画面片隅で機動隊員らが日清のカップヌードルを食べて、話題作りに貢献したようだ。同社は売り上げに悩んでいた状態だったところ、これを機に爆発的に売れたという。わたしは画面の隅でおまわりさんたちが何かしている、という程度にしか認識できていなかったが、大人の視聴者らは、理解していたらしい)
さて、その数年後にまた、関連性のある有名な事件が起こった。1977年のダッカ日航機ハイジャック事件だ。それはどんな事件だったかと思い出せない人でも、かつて日本の総理が「人命は地球より重い」と表現して犯人の要求をのんだ(大金を渡し、上記の浅間山荘事件の犯人を含む6名を釈放した)事件と聞けば、そして超法規的措置という表現を聞けば、だいたいのところを思い浮かべられるかと思う。
そして人質交換として、凶悪な犯罪者が国外に出ていった。新たに危険な歴史を作る蓋然性の高い火種を、あえて日本政府は選んだ。
理想を尊ぶという点では、人質の命ひとつひとつは地球より重いという理念をとても尊敬するし、すばらしいと思う。だが合理性でいうと、社会にとってより危険なのはどちらかを考えれば、犯罪者に大金を持たせて出ていかせるほど、ばかな話はないと思う。
そして現在。
日本時間で昨日から今日への日付が変わるころ、日本人の人質をヨルダンに収監中の女性死刑囚と交換しろとのメッセージが、インターネットに投稿された。ヨルダンの人々の憎しみを背負っている死刑囚を、日本の人質のために解放してくださいと、頼めるわけがない。仮に頼んだとしても、そのせいでヨルダンの人々がどれほど苦しむだろうか。
この件は、いったいどう決着がつくのだろう。わたしにはまったくわからない。ただ、人質には日本に帰ってきてもらいたい。なんとしても、ぜったいにもどってきてほしい。だが相手の要求をのめば、苦しむ人がいるとわかっている。
同じ事が何度でもくり返される。連鎖を断ち切るには、どれほど甘いと言われようと、理想論でしかないと思われようと、わたしは「対話」しかないと思っている。即効性はまったくないが、相手を尊重し、少しでも互いの目を見て話すことができれば、世の中は少し「まし」になるはずだ。だが即効性があると信じて相手をたたけば、新たな憎しみを生むだけでなく、増幅させることになるだろう。そして連鎖はとまらない。
…悩んでも、考えても、わからない。どこまでも、連鎖がとまらない。