記憶力全般については、いいほうなのかどうかはわからない。だが自分でもどうしてなのかと思うことに、役者の顔だけはよく覚える。人間の顔ではなく、映像作品における役者の顔である。
さきほど、テレビのチャンネルをあれこれ変えていたら、海外ドラマ「クロッシングライン」の第二シーズンを放送中。ある男性の顔がちらっと見えたとたんに「名前は知らないけれど大昔の映画 “the theory of flight” (邦題:バージンフライト)でジゴロやった人が年とったらこんな顔になるんだ、しぶくていいじゃん」と、頭に浮かぶ。さっそく記憶を頼りにネット検索をしたところ、Ray Stevensonさんとおっしゃる方のようだ。そういえばマーベルコミックスの有名なキャラクタでありながら映画化されるときはいつも役者が違う「パニッシャー」をこれまで演じたうちの、ひとりでもある。そうだった、パニッシャーのときも同じことを考えて検索をしたのだろうに、1回では名前を覚えられなかった可能性がある。
先日は同じようにチャンネルを変えていたら、かつてちょっと好きだったイギリスの女優さんが写った。「あー、20年経つとこんな顔になるんだ」と、名前もだいたい覚えていたのだが細かく思い出そうとして検索をかけたところ、正解はミランダ・リチャードソンなのだが間違えてミランダ・オットーと打って衝撃を受け、こっちはロード・オブ・ザ・リングじゃないかと考えこむ。仕方がないからサム・ニールが主演したMerlin(邦題:エクスカリバー)で湖の女王だった人と検索をかけてたどり着いた。
こういう連想方法で役者の顔を覚えてしまうと、実は映画やドラマを見ながら「この表情ってなんとなくあの人に似ている」と思ったことまでが一緒に記憶されてしまうらしく、しかもそれが抜けなくて困る。たとえば女優のフランシス・マクドーマンドとリリ・テイラーの名前がこんがらかり、どちらだったかわからないことも。おそらく何かの作品を見ながら「このふたりは輪郭が似ているな」と思ってしまったことがあるのだろう。そして、いったんそう思ってしまうと、もう抜け出せない。ちなみに前者は以前の映画「ファーゴ」で主演された女優さん、後者は「ホーンティング」などが印象的な方である。ネットで写真を比較すると、けっこう似て見えるものも多いかと思う。
いまはインターネット接続が容易で、しかもIMDB(インターネットムービーデータベース)などという優れものがあるおかげで、わたしは疑問をすぐその場で解消させることができるようになったが、それ以前は困ったものだった。疑問に思ってもすぐ調べられない。しかも、自分が連想してしまう映画が、かならずしも有名作品であるかないかや、その人が主役級だったものとは限らないので、調べにくかった。
たとえばイギリスの名優デヴィッド・ワーナーを見ると、近年だけでもたくさんの作品に出演している大御所だというのに、よりによって思い浮かべるのは「70年代のダスティン・ホフマンとスーザン・ジョージが主演したほうの“わらの犬”に、出ていたっけ」である。その後にわたしの好きなStar Trek TNG(新スタートレック)にも出ていたし、20年近く前になるがキャメロン監督作「タイタニック」では、ヒロインを厳しく監視する立場の執事のような役だったと記憶している。それなのに、よりによってわたしが連想するのは「わらの犬」。
この記憶力を、もっと普通に学習(とくに丸暗記)に使えていたら、子供のころから試験に要領よくパスして、教師の覚えもよく、推薦などを受けてよい大学に行けていたのではなかと…考えてもどうしようもないことではあるが、ついそんな方向に考えが飛ぶ(笑)。
また、現実世界で「この人は、あのときの〜」と思うような状況がないというのは、人に実際にほとんど会わずに暮らしているせいというよりも、おそらく画面の中の役者ほど遠慮なくじろじろ観察できる対象は、実生活にさほど多くないということなのだろうと、なんとなく思う。