「ございません」

 義母のデイサービスは週に4回で、きちんと施設の方が車で送迎してくださる。利用者の多い日ならば何軒も回った後にほとんど遅延もなくわが家までお越しになり、段取りは完璧。そしてお疲れだろうに、係のみなさんがどなたもてきぱきとしていて、ありがたい。

 今日、施設の方がいつも通り「○○さん(義母の名)、おはようございます」と声をかけてくださった。義母は認知症が進み最近は足腰もだいぶ弱っているが、何かを話しかけられたら答えなければいけないという習慣だけはしみついていて、おはようございますと言われた直後に「ございません」と答えた。
 おそらく「とんでもございません」などのように、何か「これは否定しておくべきことだ」という勘違いがあったのだろう。挨拶をされたら何かを答えるんだという意識が、言語(単語や言い回し)の理解が乏しくなってきてもなお機能する事実に、ちょっと新鮮な驚きがあった。

 最近、何かを言いたいのかどうかもよくわからないのだが、何かの弾みにスイッチがはいると、ずっと「やーやー、いやいやいや、やーやー、いやいや」と、延々と言いつづけることが増えてきた。これは「嫌」のほうの「いや」ではなくて、呼びかけ(いや〜誰それさん)などの「いや」である。
 以前は言葉が出ないときに3回くらい(やーやーやーなど)言うことがあっても、10回以上もこればかり言われてけっきょく内容がないことがつづくと、こちらも神経がまいってしまいそうになって、なんとか聞かずに済むようにしたいと、そればかり考えてしまう。

 言葉が思うように出てこないもどかしさを感じて、ひとまず何かを言おうとしているのか、あるいはただ「人のいる場所での無音状態が怖い」のか、とにかく、何でスイッチがはいるのかがよくわからない。トイレに行ってとか、歯磨きをしましょうとか、こちらが声をかけたときにもそうなるし、何かの動作をはじめたときに自分から言いだして止まらないこともある。

 いっそ、今朝の「ございません」くらいに、言った理由が想像しやすい言葉であるならばまだ助かるのだが、あくまでも「やーやーやー」とか「いやいやいやいやいやいや…」である。気が滅入る。

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