日本語の質問を受けてみて「理屈ではない」と実感

 日本語を独学で習得しようとしているアメリカの知人から質問を受けた。だいたいこんな内容である。

 目的格のはずなのに「○○を好きですか」ではなく「○○は好きですか」とは、なぜだ…

 はっとしたが、うまく説明できない。たしかに目的格だから「を」を使いたいというのは、理屈としてはわかるのだ。そういうパターンで覚えればほかのことにも応用は利くが、ただし「林檎を好きです」とは言わない。「林檎は好きです」または「林檎が好きです」である。

 林檎を好みますとは、言える。
 林檎を好きと考える人を知っていますかとも、言える。林檎を好きと言ってみろも、言える。なぜならそれは「知っている」「言ってみろ」にセットでついている「を」だからだ。
 …だが「林檎を好きです」を周囲の状況なしに単体で使うと、違和感ありまくりである。

 こういう事例をいくつか書いて「とにかく、言ってみて自然かどうかの話です、はい」と説明したが、いちおうわかってもらえたようで、ほっとしている。

 わたしも英語を中学時代からやっているというのに、いまだに書きながら文法を確認する。「I hope that 〜 みたいな意味で I hope (目的格) to 動詞とは、普通は言わないんだよな」などなど、いまだに迷って調べてしまう。こんな調子だから、会話では何を言っているかわからないが、大事な仕事などの場面でもなければ、会話の相手がいちいち録音や記録をしているわけではないのだと覚悟して、言ったその場で「あー恥ずかしかったかも」で、終わりにしようと思っている。

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