リア充という言葉があるが、それ以前の問題として

 こう書くと、わたしは気の毒やさみしいを通りこしてどういう人間なのだろうと思われるかもしれないが、はっきり書いてしまうと、実生活で頻繁にお付き合いのある友達は、ほぼゼロである。リア充がどうのという話ができるレベルではない。リアルの生活での人との関わりは、用件でつながっている実務的なお付き合いのみなのだ。

 わたしを見た目で認識できる可能性がわずかにでもあるのは、友人ではなく、近所の医療関係者(自分または義母の通院に関係ある医師や薬剤師)、福祉関係者(義母のケアマネさんやデイサービスの送迎担当スタッフ)、そしておそらく宅配便の配達担当者である。それ以外の人は、わたしを知りようがない。
 在宅中心で、1日2時間弱のポケモンgo散歩に出るか、あるいは長めの時間がとれそうなときには、デパ地下で菓子かパンを見てまわる、それだけである。

 だがそれを恥ずかしいとかさみしいと思ったことはない。20年以上もこんな暮らしをしている。ネットでは知り合いもそこそこいるつもりだし、ちょっとした話題でみなさんとお話しできるのは、無上の喜びだ。

 昨日から今日にかけて、運営サイト(バウムクーヘン関連)の活動に関し、近い将来の規模縮小やその後の方向性について、会員のみ閲覧できる場所で説明をした。理由として、少し個人的なことを書いた。
 読み手の方々にあまり重く感じられるようであれば申し訳ないとは思ったが、何も説明しないで「活動の規模を縮小していく」とか「今後の方向性はこうなる」と伝えるだけでは、人と人との関係において信頼関係は成り立たないし、何よりも自分で落ち着かない。曖昧にして次に進んだら、次の場所には誰もついてきてくれない。自分は自分に正直でありたいし、聞いていただけるのであれば説明したいと、心から思った。

 そんな個人的な思いをつづったが、幸いにも何人もの方々が読んでコメントをくださった。とてもありがたい。

 実生活の知人がほとんどいなくても、わたしは自分を充実していると感じている。これまで20年以上、ネット上で自分を飾るなど、いわゆる「話を盛る」ようなことをせず、自然体で生きてきたつもりだ。そして、ひとりひとりはたとえわずかな期間であったにせよ、つねに誰かしら、話ができる人たちに恵まれてきたとも感じている。

 これからもいままでと同様、無理をせず、自然に活動していきたいと思う。

(ネット上のお友達のみなさん、いつもありがとうございます。これからもよろしくお願いします)

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