赤い色の思い出

 高齢になっても赤が似合う人は素晴らしいと考えていたことがある。いや、現在も考えているのだが、意味合いが少し昔とは異なってきた。

 赤は自分に自信があって打たれ強い人の色なのだという印象を、ずっと長いこといだいていた。理由は幼少時に身近にいた人間(実母)だ。赤のように派手なものは身につけられないと、大騒ぎをしたことがあった。
 顛末はこうだ。あるとき夜になってから店に出かけ室内灯の影響下で購入を決めた自転車が、本人はくすんだ小豆色か濃い茶色だと思っていたというのに、翌日になって配達されたら「こんなに赤かった」と大騒ぎ。そんなに赤くないよと周囲がいくら言っても取り合わず、庭の隅に停めておくだけでも近所の人に何か言われるかも知れないと警戒していたくらいだから、おそらく本人は最後まで乗らなかったのかもしれない。かといって自分がいったん購入を決めたものを色がどうのと返品したら問題だろうという考え方をする人なので、返品も交換もしなかったはずだ。ということは、母以外の誰かがときどき乗ったのだろう。
 その騒ぎを見ていて、子供心に、赤はこういう人以外(母の特徴を子供なりに考えて)が身につける色なのだと考えた。

 ところが、である。高校を出てから東京に住み、周囲の人間を観察していると、どうも40代か50代くらいから急に見た目が「はじける」人が増えるように感じた。何かのしがらみというか、固定観念にさよならできるきっかけがあるのだろう。それは子供の独立であったり時分の退職や転職であったり、もしかすると大きな病気などを経験して「細かいことは気にしない」と、やりたいことをやっておこうと考えるにいたったということかもしれない。

 わたし自身もまた、赤い自転車で大騒ぎした実母の年齢をはるかに過ぎた現在、若いころはあまり好んで身につけなかったジーンズやリュックを愛用し、今日などはリュックの飾りとして猫柄の大きな缶バッジを付けてみた。以前なら考えられないことだ。

 赤は「もともと似合う」人がいるのではなく、自分から選んで身につけていくものなのだと、最近は思う。
 実母がいま(鮮やかでないにせよ)赤い色を身につけることがあるのかどうか、電話でときどき話す程度でほとんど会っていないので、なんとも言えない。だがおそらく、実際に気づくことはできないかもしれないが、何らかの変化が起こっているだろうと、考えておくことにしよう。

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