やはり「読んでいる」と判断しておくべき

 1月7日以降に投函した年賀状は差額10円を請求するとしていた日本郵便。実際には1月7日までの投函であっても、年賀状ではないと担当者が判断したもの(懸賞など)に対して、10円の誤請求をしていた事例が全国で数十件あったらしい。
 東京新聞 2018.01.22 → 年賀はがき配達代「10円不足」 誤請求 数十件

 見ている、ということだよな、これは…。どう言い訳しようと、1) まずは宛先であれっと思い、2) つづいて本文を見てああ懸賞かと考え、3) では請求しよう——と考えるのが自然な流れだろう。宛先名だけで年始の挨拶か業務用かを判断するのは危険というものだろうし、どの住所の何という人にどんな用件で葉書を出したところで、その内容を勝手に類推/分類の上で課金を判断されるというのは、まったくもって「大きなお世話」である。

 内容を故意に見たのか見えてしまったのかの問題はさておいて、「見てしまった情報を根拠に差額を請求」してしまったら、それは違うだろう。見てしまった事実を隠さないどころか正当化してしまいかねない。たとえば個人的な話を打ち明けられた医師やカウンセラーが「事件に役立つ情報を知っています」と自分から捜査機関に出向いてしゃべったところで、それは社会通念的にも手順としても、情報提供とは判断されない。だから最初から、人は職務や立場上知り得た情報を他人にもらさない。信頼関係を築いて秘密を守るというのは、そういうことなのだ。

 利用者の側も、よりいっそうの注意が必要になってくる。

 封書ならばともかく、葉書に人生の一大事をつづる人もいないだろうとは、思う。だが用心に越したことはない、郵便局の担当者(受付、仕分け、配達)だけでなく、郵便受けのセキュリティも甘い場合は誰にでも見られる危険性があるのだから、やはり書く内容には、気をつけたほうがよいだろう。

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