東京ならば都心、地方ならば都市部に、以前にも増して人が集まりつつあるように思う。行政サービスや医療などの利用面から考えれば、人が多く住む場所のほうが有利であることは言うまでもない。
一極集中はよくない、首都や都市の機能を分散して地方を活気づかせなければとはこれまで政治家が何度も口にしてきたことだが、サービスを上から目線で「与えるもの」と考えた場合、どうしても「どこかに集めておいて利用者に来てもらうほうが効率がよい」という発想に行き着いてしまうのだろう。地方が元気になりそうな話は、なかなか聞こえてこない。ある程度の権限や裁量を地方の自治体に渡せばよいのだろうが、ともすれば中央集権的な発想で、交付金がほしければ言いなりになれといわんばかりの雰囲気が見え隠れする。
東京に長く住んで便利さを享受している自分ではあるが、自分の田舎や地方都市のことは、とても気になっている。
わたしが育った地域は市街地から遠く、自家用車を自分で運転できない年代の高齢者は、出かける足がない。若い世代も共働きが多く、なかなか声がかけられないため、病院通いや定期的な用事には苦労する人も多いようだ。まして現在の高齢者(80代以上)となれば節約がしみついているため、緊急時以外にタクシーを利用することは、選択肢としてありえないらしい。
田舎の家族が、体調が思わしくないと、ずっと何年も言っている。症状としてはつらいがすぐに命のかかわるような大病ではないとのこと。ただ1日1回程度、けっこうつらいのだそうだ。大きく悪化したときは不安で総合病院に相談するが、最近になってようやく「あなたの体はこれこれこういう状況である」と、症状の説明だけはあったという。それだけでも進歩だが、問題は次だ。
病院が言うには——1日1回程度とてもつらい症状が起こることがあるものの、それ以外の時間帯に自力での歩行や室内の用事など普通の生活ができている。そのつらい状態の最中に仮に病院にいたとしても、安静にしてもらって、必要に応じて点滴を受けてもらう程度で、それ以上の「これ」と決まった特効薬または処置はない。つまりそれだけのため(1日1回程度の症状と不安の緩和)に、いつその症状が消えるかわからない将来まで、入院することはできないのだから、自宅で様子を見てもらうしかない、と。
これは正論である。わたしもおそらく田舎の医療関係者であればそう言うしかないだろう。
だが都市部と比較すれば病院がかなり少ない地域で、しかもそこに行くまでに移動の苦労がある人たちにしてみたら、正論であっても、やはり不安だろう。病気や体調不良への不安だけでなく、ほんとうにつらいとき無事にたどり着けるかどうかといった思いまで、普段からかかえていることになる。
今後はますます高齢者が人口の割合を占めるようになる。そのとき、地方にいる高齢者(*1)をどう支援していくのか。事態は待ったなし、である。
(*1)
もちろんこの問題は都市部にも関係しているが、徒歩または公共交通機関が多少なりとも選択肢にはいるかはいらないかで、差は大きい。