見ている最中でもジャンル分けが不透明な作品

 少し前にNetflixで面白そうなイギリスのドラマ「レクイエム マチルダ・グレイの秘密」という作品を見はじめたのだが、全6話のうち昨日の晩に3話目を見て、なかなかおもしろそうだとわかったので、今日は残る3話分を連続再生しながら、ちらちらと見ていた。

 ロンドンで活躍しニューヨークにも進出しようとしている若手のチェリストが、演奏会の直前に楽屋を見舞った母親のショッキングな自殺により、運命を変えられてしまうというもの。その母親の自殺と時をほぼ同じくして、ある田舎の町では大きな館の主人が映像的に「あれよ」と思うような飛び降り自殺をしていた。母親の残した写真や新聞記事を頼りに、その町を訪れることになった主人公。演奏仲間の男性ハルが同行してくれることになり、ふたりは飛び降りた老人の葬儀がおこなわれている最中の、田舎町に乗りこむ——。そこでは23年前に不可解な少女行方不明事件が起こっていたが、到着後ほどなく、主人公は「もしや自分はその少女なのでは」と、事件を調べはじめることに。

 予告編は思いきりホラーテイストである。1話目を見終わった段階では、クライムストーリーとしてじゅうぶんに成立しそうな話であり、オカルトや心霊方向に持っていくことのほうが不自然に思えたほどだったが、何の根拠もなくああいう予告編は作らないだろうから、やはりそういう話になるのかと思っていたところ、後半にさしかかってもなお「これはどういう話なのか」が、定められず。

 個人的には4話目が面白く、5話目でほとんど終わった(だいたいの謎は解けてきた)と思ったのだが、では6話目でどういう話になっていくのかと、惰性で見てみたところ——古い言葉で表現するなら「ずっこけた」。う〜む、これは凡作だ。安っぽすぎる。最終話で「B級映画などにかなりよくある話」になってしまった。
 5話で終わりにしておいても、よかったのではないだろうか。

 さて、もうひとつ。これは先週だったかiTunesのオンデマンドで見たジェニファー・ローレンス主演「マザー!」である。
 年の離れた夫とふたりで大きな家に暮らす妻。夫は詩人、妻は傷んでしまった家の内部を壁塗りから何からすべてひとりでおこないながら、毎日を家の中で過ごしている。ある日、夫が突然にやってきた見知らぬ男(言動も怪しげ)を家に泊めることになった。その泊めてもらった男が妻を呼び、さらにそのふたりを尋ねてきた家族が喧嘩をはじめて刃傷沙汰が起こるなど、とんでもない展開が次から次へと——

 最初「これは奥さんが死んでいて、死んだことに気づかず家の中を守ろうとしている話か」とか、「何らかの事情で(昏睡状態など?)通常の生活が送れず、悪夢を見ている人の頭の中か」、「夫の影響下で意見を出せない女性を象徴的に描いているのか」、「まさか真面目にクライムストーリーなのか」などなど、あれこれ考えた。そして多くの人が同じように感じるであろうシーンが苦痛すぎて、ジャンル分けなどどうでもいいから早くこのシーンを終わりにしろと、気分が悪くなりかけた。
 だがふと、そのシーンのあまりに支離滅裂な展開と、意味不明でいてどこかリアルに思える狂気、そして映画のジャケットに使われているジェニファー・ローレンスの写真がどうしても若いころのジェニファー・コネリーに重なることとで、2000年に公開された別の映画作品「レクイエム・フォー・ドリーム」を、頭の隅から追い払うことができなくなった。男友達から麻薬の道に引きずりこまれたジェニファー・コネリーが堕ちるところまで堕ちていく悲惨さが話の大きな柱となるが、正視に耐えないシーンも多かった。登場人物らのラリッた心象風景をこれ以上うまく映像化できる人はいないだろうと、わたしが監督の手腕に恐れをなした作品でもある。
(レクイエム・フォー・ドリームについては、2013年10月のブログ記事「引き寄せ合うもの」の最下部で少し紹介している)

 さて「マザー!」に話をもどそう。ようやく気持ち悪いシーンもおさまり、不条理ながらも見ていられる展開になってくると、そのあとはもう「これをどう終わりにするのか」ということにのみ神経を集中させた。もう余計なことは考えずに意味だけ追おうと決めていたところ、最後の最後で、それなりに筋が通っていたと気づいた。細部はめちゃくちゃに感じられたが、全体としては収束していた。
 この作品を製作者側がどう評価されたいと考えたのかは不明だが、かなりの危険な賭けであったと思う。若手ながらも大女優の風格を持つジェニファー・ローレンスの今後を、この作品一本で変えてしまいかねないほどの威力を持つ。強いメッセージ性を込めたあまりに力を入れたのだろうが、観客が付いてこられないほどの迫力は、やりすぎかと。わたしはテレビ画面で見たが、大きなスクリーンでこれを見ていたとしたら、退出した人もいたかもしれない——もっともこの作品は、映画配給会社がそれを案じたのか、日本では公開されなかったらしいが。

 見終わって半日くらいしてから、いったいこの映画はなんだったのかとネットで感想を検索しようと思ったら、そのときになってやっと、監督が「レクイエム・フォー・ドリーム」のダーレン・アロノフスキーだったと気づいて愕然。二度も見せつけられたあの気持ち悪さには、恐れいった。

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