70年代のテレビドラマ「バイオニック・ジェミー」の音楽

 iTunesで The Bionic Woman と検索をかけたら当時のテレビ番組で使われていたテーマがあった。Apple Musicのサービスにはいっているので、気軽にダウンロード → The Bionic Woman – Theme from the Classic Television Series composed by Jerry Fielding – Single
 開始後30秒くらいから、とくに聞き覚えのあるパートにはいる。そこを頭出ししてiPhoneのタイマーにセットしてみた。

 ちなみに当時のテレビ番組そのものも1話につき1.99ドル払えばiTunesで見られるようだが、これは日本在住でも見られるのだろうか。見てみたい気もする → Bionic Woman (Classic), Season 1
 たしかシリーズは3年で終了したと思う。わたしの大好きな番組だった。

 そういえば日本語で吹き替えを担当していた田島令子さんの歌う「ジェミーの愛」という曲があったのだが、曲をYouTubeに載せている人がいたほか、mixiでもこの話題で検索に引っかかったので、何気なく読んでいたところ…40年の時を経て、驚愕の事実が!!

 それは、歌の重要な場所で…
「わたしのからだを〜、かけぬーけるぅ〜、ばいおーにっくの〜、あぁしぃが〜♪」と聞こえる歌詞があったことだ。それをわたしはずっと「だっさい歌詞だなぁ」と思っていた。足が体を駆け抜けるってなんだよ、と。mixiにも同じように感じている人がいらっしゃったようだ。

 だが、違った。これ、実は「あぁしぃ〜が〜(足が)」ではなくて「あらぁしぃ〜がぁ(嵐が)」だったそうだ。もちろんだからといって歌詞が高級になったかといえばそうでもないのだが、少なくとも言葉としては、おかしさは半減した。そうだったのか。。。まったく知らなかった。

 それにしても、当時はなんとなくスルーしていたが、いまにして思えば、田島令子氏のこの歌(確認されたいかたはYouTubeへ)は、ほんとうにこれでレコードとして発売できたのかと思うほどの出来である。田島令子氏は声優としても役者としても素晴らしかったが、この歌は、破壊力がある。はっきり書くなら、下手すぎる。う〜む、書いてしまった。

 ジェミーとして主演したリンゼイ・ワグナーさんは、先日テレビドラマNCISでメンバーのエレノア・ビショップの母としてゲスト出演されていた。ご高齢になっても美しかった。

そのものズバリの「ハブ入りハブ酒」、「イカスミサイダー」

 地方の新聞社がすすめる地元の名物を集めた通販サイト「47club」が毎年おこなっている「こんなのあるんだ! 大賞」を見ていたら、ページの最下部にあった九州・沖縄ブロックに目がとまった。

 > ハブ入りハブ酒
 > イカスミサイダー

 はて、なんの例えだろうと思って商品名をクリックしたら、例えではなかった!!
 ハブがはいっているから、ハブ入りハブ酒。いまどきの若い世代がこれを見たら卒倒するのではないだろうか。通販の途中で瓶が割れて中身が〜なんてことを想像して恐怖するのではないだろうか…わたしは、自分は飲まないが、見る分には平気である。田舎の年寄りには自宅の押し入れにこんな瓶を入れている人もいた。だから目にすることに免疫はある。ただし酒を飲み終わったあとにその物体をどうするのか、そこまでは考えたくない(苦笑)、想像はつくけれども。
 
 そしてイカスミサイダー。こちらもそのまんまである。ただ、匂いがしないようにフリーズドライ加工したイカスミを使用しているということで、そう考えると、味もしないのだろうか。1本くらいなら飲んでみてもいいが、都内で1本だけ買えることがあったら、試してみよう。

中野の羊祭り、青山公園のドイツフェスティバル

 昨日は、午後に中野の羊祭り2017と、芝生をはさんで併設のチャランケ祭(沖縄とアイヌのお祭り)に、散歩がてらに。そういえば中野の界隈ではチャンプルーフェスタというのが開かれていることがあるのだが、何か中野と沖縄でご縁があるのだろうか。

 到着してみると、あたりに漂う山羊臭。山羊と羊の匂いでさほどの区別がつけられるほど詳しくはないのだが、わたしが羊祭りの会場は(公園内の)どこだろうときょろきょろしていたとき、連れが「羊はこっちだっ」と走って行った。だがその先には「山羊汁」と書いてあって、そこがチャランケ祭だったので、おそらくあたりに充満していたのは、どちらかといえば山羊の匂いだったのだろう。

 土曜の午後遅めの時間で、開催が夕方5時までであるところを3時過ぎに散歩に出たせいか、いろいろな屋台が売り切れ、そして残っている店には長蛇の列。食べることはあきらめて、公園内を一周して帰った。
 それにしても、いちばん混んでいた時間帯は知らないが、少し空いてきた段階で見て思ったのは、中野区はがんばってよい公園を作ったな、ということだ。ここは完成までの何年もずっと工事の幕で覆われ、地元民は「この一帯は、いったいなんなんだ」と思っていたのだが、大学を複数誘致すると同時に公園や、道をはさんでその脇には、イベント会場に使える広場もできた。数日前に通ったときには芝生は養生中だからはいらないでと紐がかかっていたが、この日のためだったのだなと、寝転んだり座ったりしながら芝生に休む人々を見て、感じた。のどかだった。

 そして今日の午後は、都立青山公園で開催のドイツフェスティバル最終日だったので、こちらも時間的に何も買えないとは思ったが、出かけてみた。

 最終日の午後3時過ぎとはいえ、ビールに関しては「かなり」供給に余裕があったようだ。それに、なんというのだろう、大勢の人がいるというのにきちんとテーブルを利用して座っていて、みなさん行儀がよろしい。あまり乱雑な印象を受けなかった。
 企画の内容が内容だけに、かなり西洋系の外国人が多かったように思う。インターナショナルな雰囲気があるのにそれでいて乱雑さがないところは、日本やドイツの国民性にも関係があるのか。

 パンや菓子などの食品はもう売り切れていたようなので、少し売り場を見たあと、簡単に1周しただけで場をあとにした。

 それにしても、要人警護やテロ警戒はわかるのだが、この公園の周囲や六本木、そして距離的には無関係なほど離れた駅構内にも、制服を着た警官が山ほど。制服や車両を見せることで抑止力になるのかどうかはわからないが、なんだか物騒な世の中になったものだと、つくづく感じた。

 写真の上3枚はドイツフェスティバル、下は六本木ヒルズと毛利庭園、そして六本木で信号待ちをしていたマリオカートのみなさん(おそらく外国人観光客)。

 さて、二日連続で人の多い場所に出かけたので、明日はしみじみと近所で買い物するとしよう。

不思議な人を見た

 不思議な人を見ると片っ端から認知症を疑ってはいけないのだろうが、ついそれを連想してしまう。

 ある量販店(差し障りがあるといけないので念のためにぼかして書くがデパートとスーパーの中間くらいの店)で、客は少ないのに支払いが長引いている場所があった。なんとなく見ていた。

 すっきりした身支度の高齢女性(60過ぎくらいだろうか?)が、何もこんな量販店で大量買いしなくてもいいだろうにと思うような種類と量を買っていた。いでたちから考えてもデパートに行きそうな人に見えた。それらを店員が手分けしてたたんで袋に入れていたが、ちょっとした外出用というよりは、それなりにしゃれた場所に出る服(ややフォーマルな薄着系)を何着も。
 女性の荷物は、まるでこれから小旅行に出るか、あるいは東京に到着した直後のような小さめスーツケース(キャリーバッグ)である。買っている服は、わたしが目にしたのが店員がたたみはじめて何着目であったにせよ、その段階で4着はあったように思う。

 ところが、慌ただしく袋詰めをする店員と話をしていたその女性が「それって、サイズいくつでしたっけ?」と言いだした。店員が軽く驚いて「11号ですが、よろしいですか」と答える。その女性はもう少し小柄に思えたが、本人用ではないのだろうか。少し微妙な間があいてから、女性は「いいです」と答えた。
 さらに、また何か声をかけた。わたしは思わずまじまじと見てしまったが、どうも最後の服をたたもうとした店員に「着て帰る」と言ったらしく、店員はあわてて値札やブランドのタグをはさみで外して、持ち帰りの商品がはいった袋に入れ、上着を女性に渡した。

 女性は、それを受けとって袖を通したのだが…。いままで着ていた上着を手にとったまま、新しく着たその服が、内側の服とまったく合っていない。いままでの上着は上品な色柄だったが、その内側はスポーツでもするかのようなジャージっぽい服に似ていて、それなのに女性はパーティなどに着てもおかしくなさそうな薄い布地の黒(袖なし、引っかけるだけ)を、上から着てしまったのである。かなりアンバランス。

 そのまま女性は去っていったが、わたしはなんだかとても不思議なものを見た気がした。いったいどういうことだったのだろうか。

 何でも認知症を疑ってはいけないと思うが、身近に7年も認知症患者がいると、どうしても発想がそちらに向かってしまう。義母も、義父が突然死してわたしたちが駆けつけたとき、不思議な服を着ていた。東京に連れてきてからも、しばらくはおかしかった。そのうち、こちらが服をすべて選んでそれ以外を選びづらくしたため(衣装ケースなどを見えにくい場所においた)、なんとか見た目は普通になった。

 どこの誰とも知らない女性ではあったが、少し気になった。
 うちの義父母のように、着もしない服を、袋から出すこともなく大量に買って家に放置し、あげくにゴミ屋敷にしてしまった人たちもいる。あの女性が、誰かの代理で服を買っていたのだと、できればそう願いたい。

なぜあちこちで、ハロウィーンが定着

 今日の午後は西武新宿線の駅界隈を歩いていたら(徒歩10分以内に隣の駅に到着する距離)、とりわけ都立家政の駅近くで、仮装のようなものをした子供たちが合計で数十人は歩いていた。合計でというのは、おそらく5人〜10人弱くらいのグループで引率されていた状態で、何回も遭遇したからだ。
 どこかに催しがあって集結のため移動していたのか、そういったことはわからないのだが、なぜ日本にこれほど定着するのかと、不思議に思う。仮装して歩くお祭りという位置づけのようだが、実際のところは、どうなのだろう。少なくともアメリカの映画に出てくるような描写を見ているかぎりでは、アメリカでも仮装のお祭りなのかもしれない。

 幼稚園児くらいの年齢から、小学校の低学年くらいのグループに複数回は出会った。引率の人はたいへんそうだったし、実際に都立家政の商店街では、赤の他人である高齢女性(早い話が「おばちゃん」たち)が「たいへんそうだから(引率を)手伝ってあげたいな」と言っていたほど。

 あと5年、10年したら、どうなるのだろうかと、ちょっと興味があるような、ないような。

箸より重いものを持たないという例えがあるが

 去年は買うタイミングを逸して生栗を使わずに栗ご飯や栗を使う用事のすべてを半加工品でおこなったが、今年もそうだろうと思っていたところ、思いがけず上質の生栗を荻窪のタウンセブン地下で見つけた。

 大きく見事な栗が30粒はいって1袋1200円。間に合わないとあきらめていたところに美しい栗があれば、価格の高さにたじろいでいる暇はない。来年まで逃すくらいなら、ええぃとばかりにさっそく買ってきたのがおとといで、今日の昼は栗おこわだった。

 ところが、である。おそらく2年ぶりに急いで使った「栗くり坊主」(栗むき専用のはさみ)で、使い方のコツを忘れたのか、あるいは例年の栗より大きかったからなのか、たった8個をむいただけで、夕方から夜にかけて右手人差し指が痛いのである。普段いかに手を使わないか、文章を書くかフォトショップを操作する程度のキータッチ、あるいはスマホ程度しか指を使っていないかが、これでわかる。なんとも情けない。

 こちらは最近の栗くり坊主(画像は楽天から)。

 ゆで栗は1時間くらい火にかけるが、栗おこわ用の栗は最初の10分くらいで必要個数を取り出して、簡単に熱が取れてから皮をむく。だから完全な生ではないはずなのだが、それでもこの要領の悪さ。

 ちなみに栗くり坊主をしまっておいた場所から、1年に1回どころか買ってから2回くらいか使った記憶がないサクランボの種抜き器も出てきた。器具ばかりあっても使わない人間であることを思い知らされた。来年の初夏は、もう少しまじめにサクランボの種を抜いて、何かに役立てようかと思う。 

裕木奈江がツインピークスに出ていたとは

 90年代くらいに日本のドラマに出ていたほか、わたしの記憶ではクロネコヤマトのCMにも出ていた女優の裕木奈江(ゆうきなえ)だが、現在WOWOWで放送中のドラマ「ツインピークス」に出ていたそうだ。
 毎週見ているのに気づかなかったので、何かちらっと出演だったろうかと思ったら、話の最初のころにけっこうたくさん出番があった、目がない(瞼を縫い付けられたような)東洋人の女性、あれがそうだったと…。
 わたしは見ながら「近年はこういうルーシー・リューのような雰囲気のアジア人女性(細身で面長)が人気なのだろうか」と思った程度で、役者名を調べようとすら思わなかった。不覚である。

 インターネットムービーデータベースにある、そのシーンの写真 → http://www.imdb.com/title/tt4108312/mediaviewer/rm248065280

 う〜む、日本のテレビで見ないと思ったら、外国で仕事をしていたとは。これからもがんばっていただきたい。

自家焙煎のコーヒー豆

 何回か、通販で途中までローストしてあるコーヒー豆を買った。自分でフライパンで仕上げる。慣れてくるとなかなか楽しい。

 ↓ これはわたしが写真ACに登録した画像。ガラス蓋を付けたフライパンで、弱火〜やや中火で、20分くらい、たまに振りながらローストしたもの。よくできたときは色艶もよい。


焙煎した珈琲豆

 購入しているお店のサイトによると、生豆を軽くローストする段階で選別もおこなっているため、最初から自分ですべてをおこなう(選別と除去)よりも、手間が省ける商品だそうだ。20分かかるとはいえ、仕上がり品を豆で買うより、値段は格段に安い。
 この商品の画像 (楽天から) ↓

 珈琲がある暮らし。これを楽しみながら日々を過ごせるだけで、ありがたいと思う。

中野のマルイにカルディが入店予定

 最近、中野のマルイが元気がよい。マルイといえば「服」という印象が強いが、中野店に関しては2011年に帰ってきて(*1)以降は、少しずつ1階で飲食に力を入れるようになり、入り口付近の週替わり特設会場も含めると、かなり印象が明るく、とっつきやすくなった。

 2階にコメダがやってきてからも、1階に豆売りと簡易テーブルを設置した「やなか珈琲」が入店して、珈琲好きにはたまらない。1階には数ヶ月前にサーティワンアイスクリームもはいったし、パン屋のボンジュールボンは人気で、わたしもよく買っている。さらに、2階には11月にカルディコーヒーファームもやってくるという。

 中野駅界隈は、区が北口に複数の大学を誘致し、周辺一帯を「四季の森公園」として整備したことで、昼間の人口が増えただけではなく見た目の印象も都会的になったが(中野が「都会」的になってきたという事実にはちょっと感慨深いものがある)、マルイはその時代の流れに遅れることなくうまく人の心を読み、それをつかめているのかもしれない。

 中野はマルイの創業の地であり、現在も本社機能は中野北口にある。若い世代にのみ媚びるわけでなく、ファミリー層に訴えるでもなく、よくいえば「誰にでも適度に」といった印象だが、それが中野らしさでありマルイらしさかな、という気もする。今後とも適当に、自由にやってもらえたらおもしろい。

(*1) マルイの中野店は、2007年の夏に閉店して取り壊したあと、予定を変更し「建物の横幅を狭くした程度で」そっくりの店舗に建てなおし、帰ってきた。地下の食品売り場はピーコックとパン屋のリトルマーメイドといった、目立つ店舗のラインナップすら同じで、地元民としては、けっこう笑ったのを覚えている。
 なくなったのは最上階のボウリング場だけだと言われたとしても、かなり納得できる。ほんとうにそっくりだった。
 聞くところによると、どうもマルイの気持ちとしては、「まじめに閉じたつもりだった」らしい。跡地をどうしようかあれこれ考えていたら、地元で「南口にマルイがない、南口と言えばマルイだったのに、あーマルイがない」と言われつづけて、けっきょく建てなおしたのだとか。
 かくいうわたしも、マルイがいったん壊されたあとでも、人に路地を説明するとき「マルイの裏です」と平気で言っていた。それでも中野界隈の人間になら「そうですかー」と通じたのだが、中野に引っ越してきたばかりという人にもそれを言ってしまい、相手は「マルイって北口の本社のこと?」とでも思ったのか、かなり怪訝な顔をしていた。
 

アリオ北砂、小名木川駅、そして砂町銀座

 今日は以前から出かけたいと思っていた砂町銀座商店街に行くついでに、手前にあったアリオ北砂にも寄ってみた。

 新宿から都営地下鉄で20分ほど乗っていると「西大島(にしおおじま)」という駅に着くのだが、そこから徒歩で10分ほど南下すると、やたらと広いショッピングモール「アリオ北砂」に到着。イトーヨーカドーなどセブン&アイ・ホールディングスのグループがメインに入店しているほか、1階は数多くの店が連なるフードコートや、庶民的価格の店(おかしのまちおか、100円ショップのキャンドゥなど)もある。これはおもしろいなぁ、見飽きないなぁと思いながら、シャトレーゼで買い物をしてフードコートの椅子に腰を下ろし、館内で買ったペットボトル飲料を飲みつつ休んだ。なんとも安上がりだ。

 通りをはさんで向かい側に、日通の大きな倉庫があった。25年くらい前になるが、わたしは日通の小名木川支店(おなぎがわしてん)というところと業務で関係していて、タクシーまたは日通のみなさんの運転する車でその支店に連れていってもらったり、立ち寄ったことがあった。そのときとまったく同じ場所かどうかはわからないが、もし同じ場所にその立派な倉庫ができたのならば、いったいこのアリオ北砂の前身はなんだった(何の跡地だった)ろうか、あのころはとにかく周囲を殺風景だったように感じていたがと、首を傾げながら、砂町商店街に移動した。

 砂町商店街の帰りは大通りを亀戸駅までバスに乗り、その後はJRで帰宅。バスは地元の人々のたいせつな足のようで、数分おきに何本も来るのに、どれもかなりの人数が乗って、立っている乗客「も多い。なんでこんなにバスが盛んなのだろう、鉄道駅のひとつもあったっておかしくないのになと、漠然と考えながら、連れに「そういえば昔、小名木川駅(おなぎがわえき)というものがあったような気がするんだけれど、どう思う?」と尋ねると、あの界隈にまったく土地勘のない連れは「聞いたことがない」との返事で、終了。
 てっきり名称の統廃合などで別の駅に変わったのかと思い、帰宅後に検索すると…笑ってしまったことに、なんと、アリオ北砂の前身が小名木川駅だった(苦笑)。2000年まで貨物駅として、亀戸とのあいだを往復していた単線の駅だったらしい。なんだ、そうだったのか。
 ということは、わたしが駅の名前を覚えていたことから考えても、わたしが業務で何回か訪れた日通の小名木川支店というものが、現在のアリオ北砂(当時の小名木川駅)の正面にあったと考えても不思議ではないようだ。25年も経つと、都内なのにまったくわからなくなってしまうものなのだな。

 それにしても、砂町銀座商店街には驚いた。まるきり「昭和」である。細い商店街に惣菜店などがひしめき、二度見してしまったが100円くらいで大きなアジフライが道端のテーブルにおいてある。100円前後でこのサイズか、ほんとうにここは東京かと思う迫力。しかも東京西部であればパックに入れておかねばとか、ほこりがつかないように何か蓋をつけておかねばとか、うるさいことを言いそうな客が山ほどいるだろうが、おおらかに積んである。すばらしい。
 600メートルほど長い商店街だとどこかで読んだが、それにしてはシャッター率も低く、あげくにはこぢんまりとした銭湯まで見つけてしまった。

 また出かけてみたいと思う。