February 05, 2005

映画に見る中年女性の「性」

大げさなタイトルではあるかもしれないが、映画の関連リンクは最後尾にまとめて書くので、まずはつらつらと、本文のみを先に書かせていただく。

今日フランス映画の「ピアニスト」を見て、考えこんだ。ばからしいと片づけるのは簡単だし、難解であるふりをして実は浅い話かもしれないという気もするし、深読みしないほうが気が楽ではあるのだが、心に何かが引っかかる。

あらすじを書くと、ウィーンの国立音楽学院でピアノ教授をしている中年の女性が主人公。同居する実母との息の詰まる生活から逃れるように、自分だけの時間を(ややゆがんだ形で)むさぼる彼女の倒錯した描写が前半。後半は、彼女に唐突にも激しく思いを寄せる男子学生の純粋さと、それを呑みこんでしまいそうな彼女の寂しくも狂おしい、狂気に近い思い。狂気と現実のはざまで、呑みこんで、呑まれて、彼女は自分を見失っていく。

ここ数年といえるかもしれないが、シャーロット・ランプリング主演の「まぼろし」、同じくランプリングの「スイミング・プール」(後者は未見)など、中年の女性をあるがままの姿で描く映画が増えてきたように感じていた。日本ではまだまだ、これはないだろう。40代以降の女優を主演で使った映画そのものが少ない。わずかな例を数えればその女優がとびきり美しいとか(たとえば黒木瞳の「東京タワー」)、話の設定としてその年代の女性が主演で不自然でない(極道の妻たちシリーズなど)などであり、ストレートに中年女性の性や恋愛、内面の孤独を描くことはまず考えられない。おそらくは誰も見たがらないからだろうが、その理由まではわからない。

上述の「まぼろし」は、中年夫婦がバカンスを過ごす海から始まる。妻が気づくと夫がいない。波にさらわれて行方不明になったというのが妥当な推測だが、妻はそれを受けいれることができず、何週間もずっと夫がすぐもどるかのような生活をつづける。夫の死亡が確定しないため銀行口座も自由にならず、日々の暮らしや支払いに困ってもなおその暮らしを崩さない。周囲は心配して新しい恋人を作ることをすすめ、彼女もまた男性とつきあったりするのだが、心の中には夫がいた。人間は何歳で、どんなに寂しくても、誰にでも日常がある。泣いて暮らしたなどと一行で書くことは文章ではよくあるが、どんな人にも必ずある「日常」が、主人公に突きつけられて、彼女はそれを生きていく。この映画のラストシーンは、かなり切ない。ずっと目を離すことができなかった。

「ピアニスト」において、イザベル・ユペールが演じる主人公は、「キャリー」の母かと思うほど病的に詮索する母親と、入院している旨が軽く話題に出ただけの父親、職業として淡々と接している生徒たちの中で、自分の周囲に強く厚い壁を積み上げながら人生を生きてきた。ある男(若い学生)が、その壁の外から呼びかけた。彼女は素直に壁を崩せない、いきなり崩すことはできない。だが誰かが来てくれたことだけは嬉しい。その男が好きとか嫌いとかではないのだ――誰かが来てくれただけで、その事実だけで、壁の内側で彼女は苦しいほどに悩む。

ここで彼女が男を愛していたと思うのであれば、彼女が「かっこつけた」、「もったいつけて変な方向に話を持っていった」と思うのもよいだろう。性的な倒錯の描写が前半にあったことを素直に受け止め、ほんとうにそういった性癖を持つと考えるのもよいだろう。だがわたしは違った印象を受けた。枯れた水差しにいまさら水を差すつもりはないが、1度だけ満杯にして自分でこぼしてやったら気持ちよいだろうというかのような、どこか捨て鉢な女の情念。相手が何度も何度も水を注いでくれようとしたら、そのとき自分の壁は崩れるかもしれない、だがどうせ1度だけ満たして終わりなのだ。ならば派手に水を注ごうと。

その思いを相手に気づけ、周囲に気づけというのは酷だろう。彼女自身もまたそれを認めようとはしないだろう。だが一般論としてあえて書くならば、寂しい女、内側にこもった女が外に向けて何かを放出するとき、よく言えばそれはかなり強烈な個性、悪く言えば「はた迷惑」、もっと深刻ならば「狂気」として受け止められることになるのではないだろうか。

まあ、多少は深読みしすぎという気もするが、わたしはそんな風に感じた。描写が上品とはいえないし、何もここまで描くことはないだろうと思うシーンもあったが、それ以外をまとめて考えれば上記のようになる。

まぼろし、ピアニストの両作品に通じるのは「不運な境遇にある女性」だ。日本が等身大の中年女性を主軸に映画を作るようになるころ、フランスでは「不運でも何でもない中年女性の恋愛と性」で作品が増えているかもしれないと、想像してみる。逆にいえば、現状ではフランスだろうとどこだろうと、中年女性のありのまま(不遇でも何でもない)をストーリーに素直に盛りこんで消化できるほどには、社会も描き手も観客も、成熟していないのだろう。

(やぶ蛇を承知でなおのこと書くならば、中年男性のありのままならば見るかといったら、やはり殺人事件でも出てきてその探偵役の男性といった設定でもないと、見ないのかもしれない――このあたりに関しては、男女差はそれほど大きくないという判断も成り立つか?)

参考リンク:
「ピアニスト」公式サイト
「まぼろし」公式サイト
「スイミング・プール」公式サイト
シャーロット・ランプリング (goo映画) - 出演作の一部を掲載。ランプリングの密かなファンとしては、あまり知られていないマニアックな「ヴィヴァラヴィ」もおすすめ。

Posted by mikimaru at February 5, 2005 07:30 PM
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