February 09, 2006

自分が多数派かどうか

わたし自身も「そういった考えの人は多くないはず」とか「自分のほうが少数派だろうから」とか、ついつい多数決の考え方をしてしまうことがあるが、昨日あたりからそれを改めて考えるきっかけになったのが、秋篠宮妃ご懐妊の話題。

一般市民の多くは(わたしも含め)、別に具体的な身の危険があるわけでなくとも、自分が少数派である(もしくは少数派に転じた)と気づけば、自信たっぷりに振る舞えなくなるものだろう。だが一国の総理でさえ、つい先日まで強い態度で"皇室典範改正、女性天皇、女系天皇容認"としていた立場から、一歩も二歩もさがった。世論がまずは無事なご出産を願うという方向に動いているのがもっとも大きな理由だろうが、もし信念を持っていたのであれば、その程度のことで引っこんでしまってよいのだろうか。退陣後のことはもう知らないということならば、たいした信念ではなかったのかもしれないが――。どうせ下がりはじめた支持率なら、最後にもっと嫌われてでも、強いままでいてもらいたかった。

(誤解のないように書くと、これまで言われていた改定案がベストかどうかでなく、もし信念を持ってやっていたのならあっさり引くのはどういうことなのだ、の意)

わたし個人は女性天皇も女系天皇もかまわないと思っている。これは男系にこだわる意味が理解できないからだし、さらに明確に書いてしまえば、皇室自体が別になくてもいいような気がしているので、男系にこだわって後継者に苦労するくらいならば、女系でも男系でも「第一子優先」で実にすっきりしているではないか、ということだ。

民間出身の皇太子妃が心労のあまり体調を崩されたようなことが今後はあってはならない、とは思う。そして秋篠宮妃が平穏な気持ちで安産をされますように、とも思う。だがこれまで進められてきた改定のきっかけが皇太子妃の心痛と耐えてきた重圧のみであるなら、そして強い態度を引っこめたのがまずは秋篠宮妃の無事なご出産を待つためであるとしたら、それでよかったのだろうか。いちいち具体的な事例に基づいて方針を変えるのは、付け焼き刃で先がない印象を受ける。まして、もし秋篠宮妃が男児を出産されたらそれで何十年かはこの話題を避けられるという含みがあるとしたら、まったくもって「これまで何だったのか」という話になる。

今後ずっと皇室の制度が維持されていくのであれば、これまで進めてきた改定の問題を現皇太子夫妻への好意的な国民感情や敬宮愛子さまが皇位を継承するかどうかにからめて考えるのではなく、もっと先を見てみればよいはずだ。そうすると自然と、「男系だと無理があるのでは」という一般的な結論になると思うが、いかがだろうか。

Posted by mikimaru at February 9, 2006 11:18 PM
コメント

なんでも、男系だけでここまで続いている王家は、世界中でも日本の天皇家だけなのだとか。そのあたりに価値を見いだしている方も、少なからずいらっしゃるようですね。

歴史的にみて価値あることなのかもしれませんが(私自身はそれもどうかと思いますが)、世界中で日本だけということは、それがいかに不自然で無理のある制度かという証明でもあるように思えますけれども。

Posted by: どん@雪 at February 10, 2006 02:42 PM

そうですね。。。男系だけで継続してきたものを自分たちの代で終わりにすることはできない、という考えは、少なくとも染色体云々よりは、理解できるような気がします(染色体の話、第一理由としてあげている人はいないだろうと思うものの、セットでよく出てくる話です)。

日本ではとくにそうだと思いますが、何となくでもつづいてきたことは「伝統」ですし、無理矢理でも決めてしまったことは、(法的には取り消し可能でも)決定事項として押さえつける側とあきらめる側の心理が働き、覆すことが難しい。だから「決めておかない」ことが大事だ、決まる前に時間をかけようという気持ちが働くのかもしれません――。でもそうこうするうちにまた数十年が経過してしまうと、それもまた「伝統」に加算されてしまうわけで。。。難しいです。

Posted by: mikimaru at February 10, 2006 05:01 PM