November 10, 2006

桐野夏生「グロテスク」

入院前に「どうも体調が悪化しているような気がする」と思いつつ、起きてネットにつないでいるよりはましだろうと、寝ころんで読んでいた「グロテスク」。一部の家族構成や家庭環境を経てきた人にとって内容はかなり具体的に感じられ、逃れられないほど現実的に思えることからただひたすら醜悪さが際だち、胸の内側からえぐられるほど気分が悪い作品ではないかと思うが、それでもやめられずにただ読んでいた。病人むきではなかったと、いまは思えるが――。
グロテスクがわたしを深い部分に強引に誘いこんだ。そして回復期になって(自分の選択ではなく)偶然に読んだ村上春樹「海辺のカフカ」は、わたしに軽くて明るい方角があることを教えてくれた気がした。

ストーリーを書いても意味はないかもしれないし、うまく伝えることはできないだろう。誰もが羨む美少女を妹に持った姉の告白から始まる。妹、そしてかつてのクラスメートが、わずかな期間を経て同じ人間に殺害されたことで、彼女に世間の関心が集まったことから「語り」がはじまる。やがて彼女だけでなく登場人物らの手記が登場し、少女時代から中年までの数十年が語られていく。

この作者ではお馴染みかもしれない「藪の中」風の作品だ。いろいろな視点が出てくる。誰もが適度に嘘をつづり、誰もが遠慮なく他者をえぐる。堕落か昇華か、食っているのか食われているのか、とにかくそこには何も残らない。何もかもが壊されて風通しがよくなり、読む側はそれだけで疲労し、消耗してしまう。少なくともわたしは疲れ切った。

いまはどうだか知らないが、グラス・シーリング(ガラスの天井、女性がいくらがんばっても上には見えにくい天井があって行く手を阻まれてしまう)など、わたしが社会に対して強い感情を抱いていた時期の話と、登場人物らが、妙にねっとりと絡み合ってしまうのだ。他人の話とはとても思えないほどのねっとり加減、だがそこには同時に、多少の分別があればばからしいほど簡単に自分と切り離せるだけの異質さもあった。ひと言で表せば「理由の理解はしてもいいが同じ選択はぜったいにない」といったところか。

さすがに、終盤に出てくる少年と、そこからはじまった「姉」の生活あたりからは「どうでもいいや」という気分になった。忘れられない作品であることはたしかだが。


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Posted by mikimaru at November 10, 2006 03:58 PM
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